とはいうものの、彦之助には最初から目算があった。それは彼がこれまでモザイク壁画(姫路市名古山仏舎利塔内の縦2.4〜3.6m、横約75mの「佛傳図」)等の作品で手がけてきたアクリルという素材である。
アクリルは今でこそいくらでも私たちの身の回りに存在しているが、戦後この素材をいち早く創作活動に取り入れたのは彦之助唯一人だった。
細かい技法については省略するが、アクリルの比重はガラスの約半分であり、色や種類の違うピース同士を結合するためのケーム(鉛線)も、この素材の導入で不要となったため、軽量化の問題は一気に解決した。
アクリルはガラスではないから、その作品はステンドグラスとは呼べないのではないか、と疑問に思われる方も中にはあるだろう。確かに仰る通りだと思う。しかしステンドグラスの定義はともかくとして、その起源に思いを馳せれば、重要なのは素材ではなく光の方だということに気づいてもらえるに違いない。
《ステンド・グラスの有難さは、その光が、自分の身体に降りそヽぎ、自分の身体全体をその紅の光で包み込んでくれるところにある。神は「光」の方にあって、画像の方ではないのである。》
なにより実際にこの大作の前に立つと、その素材が何であるかという問題は、些細なことに過ぎないと感じられる。
さて、重さの問題からはひとまず解放されたが、大きさの方は依然として残されている。10m×24mの作品を、そのままの大きさで制作することは、お化け屋敷のアトリエがいかに大きくても不可能である。したがって画面は2m×1mのアクリル版120枚というヒューマンサイズに分割されることになった。
しかし手頃な大きさになったからといって事はそう簡単には運ばない。たとえば、全体の調子をととのえるために、すべてのピースに少しずつ手を入れていくことを考えてみると。たとえ1日1枚一工程のペースで仕事を進めたとしても、一巡して元のピースが出てくるまでには4ヶ月が過ぎてしまう。1年経ってもやっと三工程ほどしか進まない。こうして妻康乃(私の母)との共同作業で5年余りの歳月を要した「天地創造」は1970(昭和45)年、ようやく完成にこぎつけた。
