ボッティチェリの真意

                        
プシュケPsycheは蝶でした…


ところで、前回私が引用した文章は、あれが全てではありませんでした。
スイマセン、実は出し惜しみしました (^_^;)
変だな?と思われた方もきっとおられたに違いありません。
では、あらためて「エロスとプシュケ」の寓意の解説文を、全文掲載することにします。


「エロスとプシュケの伝説は寓意の話とされています。ギリシア語の「蝶」という字がプシュケPsycheであります。また「霊魂」という意味にもなります。霊魂の不滅を説明するには蝶ほど当てはまった美しいものはありません。すなわち蝶はのろのろとはい廻る毛虫の生涯が終ると、今まで寝ていた墳墓から美しい翼をひろげてあらわれ、日光の中を飛び歩いたり、春の中で一番匂いのよい優しい物を食べたりいたします。プシュケは人間の霊魂であります。種々の苦痛や不幸で清められた後、真の悦びと純潔な幸福を受けられるようにされた霊魂なのであります。」(トマス・ブルフィンチ著、野上弥生子訳『ギリシアローマ神話』1978 岩波書店より引用)


これを読めば、なぜ画家が「シモネッタの死」(Why制作動機、第1の壺)を表現するために、この物語を選んだのかが理解できます。
すなわち、アプロディテよりも美しいとされるプシュケ(シモネッタ)を主人公に、彼女が羽化する瞬間=今まで纏っていたさなぎの殻(肉体)を脱ぎ捨てて、蝶(霊魂)になる瞬間を表わそうとしたのです。


ということで〜
横糸③:右から2人目の女性の手が透き通るように描かれている理由
辻邦生は「春の戴冠」で、これを乙女(2人目)から女神(3人目)への変容と解釈しました(クロリス説)。私の答えは、プシュケ(シモネッタ)の肉体から霊魂への変容です。
横糸⑬:「春」の中で、死と祝祭はどのようにすれば結びつくのか
プシュケ(シモネッタ)の羽化は、一方では死を意味していますが、他方ではエロスとの結婚(神々への仲間入り)、すなわち祝祭を意味するものです。


それはそうと、なぜボッティチェリはテキストに登場しないフロラをわざわざ呼んで、この絵に「春」もしくは「春の寓意:allegoria della Primavera」という題名を与えたのでしょう?


その答えは…


「シモネッタの死」は決して不幸な出来事ではない!
彼女の肉体は滅したが、魂は「真の悦びと純潔な幸福を受けられる」季節=春を迎えたのだという、画家の願い〜メッセージに他なりません(第3の壺、縦糸⑩の解答)。



ようやく「春」という題名の意味が解明しました。
ですが、この絵の物語はこれでお終いではありません(縦糸⑨他が未解明)。
この時点で、すでに結末が読めた方もおられるとは思いますが〜
次回、この絵のラストシーンは、これまで出番のなかったヘルメスに語ってもらうことにしましょう。


図版はテラコッタの浮彫で、南イタリアのロクリ出土、紀元前5世紀頃の作品と考えられています。
内容はエロスとプシュケが御す戦車に乗るアプロディテとヘルメスで、アプレイウスが「エロスとプシュケ」を著す600年前、ボッティチェリが「春」を描く2000年前の作品です。
紀元前5世紀には「エロスとプシュケ」の物語が既に存在していたことを示す、貴重な資料です。
(snow)