フロラ(花の女神)とプシュケ

            
第3の壺(縦糸⑩)に解答を与える時が、いよいよ近づいて来ました。
私は自著「春の寓意(未発表)」の中に、こう記しています。
「この絵の題名は本当に〈春〉もしくは〈春の寓意:allegoria della Primavera〉なのだろうか。私たちはいまだにこの素朴な疑問にすら明快な解答を与えてはいない。(中略)なぜこの絵は〈春〉と呼ばれているのか。この問いに対して誰もが納得できる解答を与えないかぎり、私にはその解説が画家の真意を語っているとは思えない。」


「春」というタイトルこそが、この絵をミステリアスにしてしまった最大の要因に他なりません。ですが、答えが判れば「あ〜なるほど」と頷いていただけるに違いありません。


この謎を解くためには、フロラ(花の女神)を「エロスとプシュケ」と結びつけなければなりません。
ボッティチェリはなぜテキスト(ギリシア神話)に登場しないローマ神話の女神を、この絵の中に呼んだのでしょう…
そのヒントは次の文章の中にあります。


「エロスとプシュケの伝説は寓意の話とされています。ギリシア語の「蝶」という字がプシュケPsycheであります。」(トマス・ブルフィンチ著、野上弥生子訳『ギリシアローマ神話』1978 岩波書店より引用)


プシュケは、蝶という意味のギリシア語です。彼女はアプロディテの与える様々な困難を乗り越えた後、エロスと結ばれて蝶になるのです。
整理整頓(1/24)」の図版では、彼女は羽の生えた姿で表現されています。
画家は、エロスの矢∧がアイリス∨と合体し、彼女が羽化する瞬間を描き出そうとしたのです。
この時、プシュケの口からは切れ切れの草花がこぼれ落ちています。
口から何かを出すことを「吐き出す」と表現します。つまり排泄、老廃物のイメージです。
蝶が羽化する際に捨てていくもの、それは「さなぎの殻」に他なりません(縦糸⑦の解答)。


そして蝶になったプシュケは花(フロラ)のもとから大空へ舞い上がります。
フロラは蝶のために用意された花だったのです(横糸⑥の解答)。
暗くて辛い幼虫の時代が終わり、やがて羽化した蝶が、花のもとから大空へ舞い上がろうとしています。
これを「春」と呼ばない人が、はたしているでしょうか。


では、どうしてそこまでして、この絵を「春」と名付ける必要があったのか?
次回、500年以上誰一人解明できなかった「画家の真意」が、いよいよ明らかになります。

(snow)