〈春と誕生(分析編)〉ヘルメスと宝杖

昨年11月に「春の画題」でスタートした分析編も、今日が最終回です。
最後のキャストは画面左端のヘルメス(メルクリウス/マーキュリー)です。
彼がヘルメスだと判別できるのは、(アトリビュートである)羽根の生えた靴と、手にした宝杖(ケリュケイオン/カドケウス)によるのですが、この杖、普通とは違っているのです…
クローズアップを掲載しましたので、よ~くご覧ください。
カドケウスには通常2匹の蛇が巻き付いているのですが、プリマヴェーラの杖には竜(ドラゴン)が描かれています。まぎれもなく、ボッティチェリのオリジナルです。このドラゴン、いったい何を意味しているのでしょう?
それより、このディティールを取り上げた解説が、これまでにあったでしょうか?
もしご存じの方がおられましたら、どうか教えてください。

さて、今回をもって〈春と誕生〉の分析編はお終いです。
この先は、総合編へと続き、プリマヴェーラの謎が解明される~筈なのですが、以前も書いた通り、何方からもコメントが頂けないような状況では、やる気になりません。
何か切っ掛けがあるまで、また休眠となってしまうかもしれませんzzz


                       春と誕生_ヘルメスと宝杖

マルチタレントであるヘルメスには数多くの担当分野があるが、ギリシア神話における主な役割は次の通りである。

・神々の伝令役(主にゼウスの使い)
・商業、牧畜、泥棒、旅人などの守護神
・死者の魂を冥界へ導く案内人

そしてそのうちの1つが、画家が彼をこの絵に採用した理由に他ならない。ただし、これも答は総合編に先送りとする。

従来説では、彼は手にした宝杖で頭上にたなびく雲を「払っている」あるいは「押し止めている」と解説されている。しかし、ヘルメスが杖を動かしているようには見えないし、雲にも撹拌された様子はない。このシーンを冷静に分析すれば、杖を雲に突き刺しそこをじっと見つめている、ということになるだろう。男神はいったいここで何をしているのか。
先ほど指摘したが、カリテスの一人にエロスの矢が当たり彼女はヘルメスと恋に落ちる、という解釈がある。しかし、誰かに恋するためには(炎ではなく)金の矢が当たらなければならない。それ以前の問題として、ギリシア神話にはカリテスの1人がヘルメスに恋をする話など存在してはいない。つまり、この解釈は明らかに後世の創作であり、神話からの逸脱である。
ボッティチェリギリシア神話の知識をロレンツォ・デ・メディチが主宰するプラトン・アカデミー、もっと具体的に言えば、マルシリオ・フィチーノ(Marsilio Ficino 1433-1499)やアンジェロ・ポリツィアーノたちを通して得たはずである。そして、その知識を下敷きに〈春〉を描いた。物語のある部分を描写するために画家が独自のアイデアを盛り込むことはあり得るとしても、ストーリーそのものを改変することなど考えられない。
エロスがつがえているのは金の矢ではないし、それはカリテスの1人には当たらない(的は別のところに描かれている)。したがって、彼女がヘルメスに恋などするはずがないのだ。誰がそんなことを言い出したのかは知らないが、絵がそれを証明していない。

宝杖についても触れておかねばならない。
ケリュケイオンギリシア語)あるいはカドゥケウスラテン語)と呼ばれるこの杖は、もともとはアポロンが所有していた。牛泥棒事件(生後1日足らずのヘルメスが、アポロンが飼っていた牛50頭を盗み出し、そのうちの2頭を食べてしまった)の和解の際、ヘルメスの竪琴の音色に魅了されたアポロンが、ハープと音楽の技を譲ってほしいと頼みこみ、それと引き換えに、盗まれた牛(残り48頭)、アポロンが司っていた牧畜の権能、そしてケリュケイオンがヘルメスに贈られた。以来、互いの役割を交換した音楽神アポロンと牧神ヘルメスは、固い絆で結ばれることになる。

ケリュケイオンには2匹の蛇が巻き付いているのが普通だが、〈春〉の宝杖に巻き付いているのは蛇ではなく羽の生えた竜である。しかも画家は、わざわざヘルメスに杖を逆さに持たせ(頭部を手にするのが普通)竜の頭を雲の方に向けている。これもボッティチェリのオリジナルだ。炎の矢同様きっとここにも何か意味が込められている。